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木術界

アートキャンプ 9

◆ 会期 2007年5月3日(木)〜5月5日(土)雨天決行

◆ 会場 松原旗川緑地公園内

『葉桜の季節の祝祭』
川島健二

 『木術界』の開かれる初日、会場の「X桜」から一通の速達便が届けられた。文面には「祝祭 『木術界』 命 すこやかでありますように」とあって、今年9回目を迎えるアートキャンプを言祝ぐメッセージであった。もちろん桜の木から手紙を貰うなど初めてである。私はふと、その「代理人」と覚しき人の顔を思い出しながら、楽しい気分になった。
 手紙を貰ったことこそないが、実は書いたことはある。ある年、桜の舞い散る風景があまりにも幻想的で、思わず礼讃の筆を執っていた。宛先はどこであったか、コノハナサクヤヒメとでもしておこう。「X桜」からの手紙は、この何年も前に出した手紙の返信にも思われた。
 『夢記』で知られる明恵上人は、若い頃親しんだ紀州の苅藻島という島に、後年手紙を出している。「恋慕の心を催しながら、見参する期なくて過ぎ候こそ、本意にあらず候へ」。思いを寄せる人に宛てたものと、少しも変わることのない手紙であった。相手が木であれ島であれ、こうした行為を、理解を越えた奇異なものだ、と遠ざけることは出来ないだろう。意識の古層に働くアニミズム的な感覚こそ、新たな交流の回路を切り開く大切なセンサーなのだ。
 桜の木との対話を目ざした『木術界』の試みをタカユキオバナから知らされたのは、9年も前になるわけだが、「アート」ということを別にすれば、私には大きな驚きであったわけではない。たとえばこの国の伝統的な民俗に「成木責め」という小正月の行事があって、柿の木などに刃物を当て「成るか成らぬか、成らねば切るぞ」と豊かな実りを強要する例が広く知られている。柿の木はそのおどしに「成ります、成ります」と豊作を約束されるのだが、これも人と樹木の、やや穏当さを欠いているとはいえ、「対話」に他ならない。そして人類史においてこうした言霊やアニミズムの交渉は無数に存在したに違いない。
 しかし問題は「アート」であった。自己表現という強い個我の色彩を含んだ営みが、もの言わぬ桜を前に、どんな風な試練に会い、変容をせまられるのか。これは大きな冒険であった。今でもよく覚えているのは、『木術界』の初回に立ち並んだ様々な個性的な造形物が、二年目には幻のように消えうせてしまったことである。屋外彫刻展のような様相を帯びていた『木術界』が、二年目に深いアニミズム的世界への扉を押し開け、新たなアートキャンプとしての特徴を形作りはじめたと言えよう。参加者の面々が、美術(アート)より桜の木との交流という、言ってみれば異種間コミュニケーションの技術(アート)に創意工夫の面白さを見出すようになったといえよう。
 思えば「木術界」とはよく出来た言葉である。木と交感する技術と、そこに開示される世界。一つの小さな象徴的な行為が、背後にどのように大きな宇宙をはらんでいるのか。『木術界』の試みは、一人の土手の上の見物人の想像力を強く刺激する。
 この「対話」が多かれ少なかれ、儀礼的様相を呈して来るのは理由のあることだろう。人から木へと境界を超えるためには、どうしても手つづきが必要となる。その手つづきが儀礼だ。そして作られたオブジェは「飾り物」というのがふさわしい。あらゆる藝術の発生は儀礼の場にあったという折口信夫の言葉を、ここで思い出す。はからずも、桜の木と対話しようという『木術界』の試みは、藝術の「はじまり」の場を、旗川の河岸に生み出すことになってしまった。それを冒険と呼ばずして、何と呼んだらよいだろうか。
 言祝ぎの手紙をくれた「X桜」の住所は「栃木県佐野市出流原671」であった。イズルハラ。すでに地霊が「はじまり」の儀式を予見していることに驚かされる。
 葉桜の季節の旗川は、川を吹き渡る風が実に心地よい。花の季節は、また豪勢かとも想像されるが、その季節に訪ねたことはまだ一度もない。だが、5月のこの「祝祭」を何度も体験した者にとって、葉桜の季節こそ花の季節と思える。ところがこれは比喩ではなかった。Mさんの観察(作品行為)に教えられ、今年は、葉桜の枝に可憐な花びらをいくつも見出すことができた。『木術界』は私にとって、いつも不意打ちを避けられない未知との饗宴である。

 ある時、私達は桜の木の前に立っていた。命の光でなら桜とお話ができるかも知れない。彼らが私達よりも光のことを良く知っていることは、光合成により自立していることでも明らかであった。私達は植物が生み出す有機物を頂いて生きてこられたのだから。全ては命の現れとして見えない何かで繋がっている。その最果てから大元へと向かい、そこから全てを抱えて戻ってくるということを繰り返して、やがて命の触手のひとつ一つの先端に全世界を内包した実を結ぶ日が来るだろう。あらゆる関係が愛として働くことになる日が来るに違いない。

木術界実行委員長 タカユキオバナ 

参加作家

『木婚 炎の復活』須永 和彦

『 …。』 宮川 崇

『冥利』 平山 弘美

『星結』 栃木 美保

『きみの名をよぶ』 斉藤 典子

『栃木県佐野市 松原旗川緑地公園内の桜(ソメイヨシノ)の開花状況調査』 三浦 謙樹

『U』『MU』 岩沢 淳

『さらきのをゆ』 江尻 潔

『視』 天田 政浩

『KABURA』 鏡 閑

『ユメミ』 清水 美智子

『インフルエンド 時の卵』 真野 貴生

『祈り折り チヨ紙』 猫倫

『花ひめふみ』 山田 稔

『PET』 椎屋 功

『祈り』 タカユキオバナ

対談「世界を内包する意識」
   山田 稔 タカユキオバナ

 

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